東京家庭裁判所 昭和41年(家)8734号 審判 1968年12月06日
申立人 河野愛子(仮名)
事件本人 河野安雄(仮名)
主文
本件申立てを却下する。
理由
第一、申立ての要旨
申立人は「事件本人を準禁治産者とする。」旨の審判を求めるとともに、事件本人について保佐人の選任を求め、その理由の要旨は、
「事件本人は、申立人の三男であるところ、小学校在学当時から申立人ら家族の者の金を持ち出す習癖がはじまり、長ずるにおよび、その習癖がいつそうの激しさを加え、家庭でも手をやいていたが、中学校卒業後、一六歳のころひとり上京して以来、一定の職業につかないまま、放浪生活を続け、時おり申立人方にあらわれては家財類を持ち出したりしたほか、多くの知人に借金をかさね、その支払いをなさず、申立人がもつぱらその後始末を余儀なくされていた。
そして、申立人は、昭和三八年四月ごろ事件本人に妻(宏子)を迎え、○○市内で世帯をもたせ、時価約一〇万円程度の品物をそろえてやつたりしたが、約半年を経過しないうちに、世帯道具一式を一万円前後で売却処分して無断上京してしまつた。
その他、事件本人は、東京でクリーニング店を開業するからといつて申立人に資金ねん出方を依頼してきたので、申立人と事件本人の長姉ヨシ子と相談のうえ約二〇万円をつくつてやつたり、その後、店の品物の弁償に必要だからということで右ヨシ子が約三七万円を出してやつたこともある。さらには、昭和四〇年夏ごろ突然申立人方にあらわれ、たまたま、申立人不在の時機をうかがつて、申立人の保管していた前記ヨシ子名義の新築家屋の権利証および実印などを持ち出し、これを不当な価額で第三者に売却しようとしたこともあり、その際は、さいわい登記手続きの寸前にこれを発見して事態を収拾した事例もある。
ともあれ、事件本人は、高価な物件を不当にやすい価額で売却(あるいは売却せんと)したり、支払いの見込みがないのに品物を買いこむなど、その性癖として財産を保護することを考えず、つねづねこれを濫費し、申立人ら家族を困窮におとしいらしめるものであるから、いわゆる『浪費者』にあたり、よつて、準禁治産者としてその能力を制限すると同時に、保佐人選任の必要があるので、この申立てにおよんだ。」
というにある。
第二、当裁判所の判断
本件記録中の戸籍謄本、大分家庭裁判所調査官補堤典多の調査報告書および当庁家庭裁判所調査官阿野博夫の調査報告書ならびに当裁判所の事件本人河野安雄に対する審問の結果その他本件記録につづられている関係各資料を総合すると、次のような事実が認められる。
(一) 事件本人は、昭和一四年一一月二二日(亡)河野一郎と申立人との間の三男として大分県○○市内で出生した。ちなみに、事件本人の兄二名はかねて死亡し、申立人にとつて、事件本人はただひとりの生存中のむすこであり、なお、姉(申立人の長女)ヨシ子および妹(申立人の二女)キヨ子が健在である。
(二) 事件本人は小学生のころから家庭内で金品の持出しその他の行為に出、長ずるにしたがい、かような非行におよぶ頻度をかさねた。中学卒業後、短期間、○○市内のクリーニング店で稼働したのち、単身上京したものの、これという仕事につかず、そのうち不良仲間と知り合つたのがきつかけで窃盗関係の犯罪行為により少年刑務所に受刑服役し、出所後、昭和三七年ごろ申立人方に帰省した。しかし、ごくわずかの間に、再び単身上京し、以来、ほとんど東京都内での生活を続けた。
(三) この間、事件本人は、昭和三八年ごろ約半年間ほど内妻宏子と事実上の夫婦生活をかまえ、大分市内で世帯をもつたが、夫婦間の不仲で別居してしまつた。なお、その際、申立人や姉ヨシ子から多少の世帯道具を買い与えてもらつたものの、別居後上京にあたり、その一部を処分したことがある。
(四) その後、事件本人は、東京都内でおもにクリーニング関係の仕事にたずさわつていたが、昭和四〇年六月ごろ申立人方に姿を見せ、その際、前記ヨシ子の不動産権利証などを無断で持ち出し、これを担保に、他人から金員を借り受けようとしたりしたが、たまたま申立人や右ヨシ子に発覚し、一応事なきを得た。
(五) つづいて、事件本人は、昭和四一年二月ごろから妻道子と東京都内で事実上の結婚をなし(同年五月二六日婚姻届)、都内渋谷区所在の○○ランドリー(ドライ・クリーニング店)従業員として働いていたが、昭和四二年二月ごろから消息不明となつてしまつた。
(六) ところが、事件本人は、前記道子に対する虚栄心も手伝い、加えて、永年来身についた経済観念の弛緩(しかん)・道徳感の減退から、競馬・競輪などのかけ事におぼれ、そのあげく、金銭に窮したすえ財産犯(業務上横領など)をおかし東京地方裁判所において、懲役一〇月の刑に処せられ、昭和四二年一一月一七日以降新潟刑務所に受刑服役するにおよんだ。
(七) 一方、事件本人の姉ヨシ子は、昭和四二年四月ごろ以来所在不明であり、他方、事件本人夫婦は、右受刑服役を契機に、事実上の離婚状態におちいつた。なお、事件本人夫婦にはこどもがなく、また、事件本人自身にはこれという資産は皆無である。
(八) 反面、申立人は、目が不自由で、いわゆる「あんま」師をしており、現住所建物はその所有名義となつている。そして、事件本人の従来の素行、事件本人が将来申立人の資産になんらかの危険を生ぜしめる行為に出るおそれのあることなどから、事件本人との関係を遠ざけたいとの意識が強い。
右認定の事実によれば、事件本人は、前後の思慮もなく借財をつくつたり、財産的な観念にとぼしく、申立人ら家族を困惑させるような家財蕩尽(とうじん)の習癖を有するものといわざるをえない。しかし、無能力者制度は、本来、一般社会人の利益をある程度犠牲にしながらも事件本人を保護しようとする趣旨に立つものであるから、取引きの安全に対する影響と本人保護の要請との調整を保つごとき運用を必要とし、とくに、浪費者であることを理由にその行為能力を制限するにあたつては、この点に関する配慮がとりわけ慎重でなければならないと考える。
本件の場合、前説示のように、事件本人には特記するに足りる資産が皆無であり、あえて無能力者制度による本人保護の要請がどの程度まで強いか、多々疑念をさしはさむ余地があり、帰するところ、事件本人を準禁治産者とすることは、申立人の不安解消に役立つ側面がおもな意味をもつことがうかがわれ、それによつて犠牲とされるおそれのある一般社会人の利益と比較衡量した場合、いまだ準禁治産宣告の必要性を肯認しがたいというほかない。
よつて、本件各申立ては、いずれも、これを却下すべく、主文のとおり審判する。
(家事審判官 角谷三千夫)